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プンプンマルをモニタリング☆彡

昨日、モニタリングという
テレビ番組を見ていました。



ケンカが多い兄弟に
仲良くしてほしいという
お母さんのご依頼



そのお宅で飼っている
わんちゃんのオウジくんが話をするという魔法



はじめ
オウジ君につっかかっていた
お兄ちゃん。




オウジ君と話したり、遊んだり
するうちにすっかり打ち解けて
仲良しに




魔法がとけたら
おはなしができなくなる

オウジくんが言った瞬間
お兄ちゃんも弟くんも号泣します。



そして
お母さんが帰ってくると
魔法がとけて
オウジはお話ができなくなりました。



おかあさんが
買ってきてくれた
おみやげのカード
いつもなら
取り合いになるようなシュチュエーションでも
オウジとの約束通り
やさしくかしてあげることができるようになりました。



テレビを見て
おはなしをすること
心を開くこと
について
想いを馳せました・・・・・




ケンカって
そもそも
おはなし不足なんですよね。


どんなふうに気持ちを伝えてよいのかわからない
それが
引き金になっている
気がしました。


そして


ケンカになる関係性の間には
異なる視界から眺めてくれる存在と
おはなしが必要




いじめの問題も
きっとそうですね
第三の視点がないと解決が難しいと思います。







30年前に
いじめられた恨みを
今になって表現し続けた方のニュースもありました。




とってもつらいことがあったとき
そのつらさを
表現できないこと
誰かに聞いてもらえなかったこと
ひとりきりで我慢するしかなかったことというのは
やはり
解決が難しいのかもしれません。




自分の記憶をたどってみても
許せないことのエピソードには
そのときに
ひたすら
ひとりでその苦しみを耐え抜くしかなくて
どうしようもなかった
とってもつらかったけど
そのことに蓋をして過ごしていくしかなかった
という記憶がありました。



そんなとき
本当につらかった自分に
そんなんじゃだめだと
また
蓋をしたり
違う解釈でねじふせたりして
やり過ごしていたのかもしれません




そのときの
そのままの
気持ちは
ずっと取り残されたまま




そんな気持ちは
認められたくて
あの手この手で
浮上してくる
現実を作り出すかもしれませんね




浮上してきたなら
その蓋を外して
本当に本当につらかったよね
って
しっかり自分の気持ちに寄り添うことが
何度も何度も
ずっと
たいせつなことなんだなぁと
思います。




なんでそんなにつらかったのか
その反対にある
大切なもの




それを
どのように
にぎりしめていたのか




その大切なものは
一体
何だったのか




何度も
確認して
こころを開いて
おはなしをして
自分を許してあげようと思います。








ケンカや対立
攻撃的なエネルギーから
自分のオーラフィールドを
守ってくれるミスト


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